今日もどんよりした天気です。こんな天気がずっと続いてすっきりしません。
さてそんな中、私と娘は昨日、映画「20世紀少年」を観に行ってきました。午前中、娘は塾のテストだったので、帰宅して軽く昼食をとり、急いで近くの映画館に駆け込みました。公開初日という事で混んでいるかと思いきや、空席もちらほら見られ、7割程度の入りでした。私は少し前から、コミックを借りて読み始めおり、またネットでほぼ展開、結末も知っていたので、映画も第一章だけはとりあえず観ておこう、と思っていました。逆に娘はテレビCM、私からの簡単な話くらいしか予備知識が無かったので、楽しめるかな?と思ったが「観たい!」と言う。理由を尋ねると「お面を被っている人が見たいから」と言う。なんとなくわかる気がした。確かに「ともだち」の姿、気になる。妙に不気味で胸がざわつく感じがする。それは子供時代の「サダキヨ」も同じ。それなら、と2時間20分という子供には厳しい上映時間も何のその、と二人でオレンジジュース、キャラメルポップコーン、パンフを持って座席に腰を下ろしました。
観終わった感想。娘「怖かったよ~」 私「第二章はテレビでいいかな」という感じです。心配していた原作の世界観が損なわれるのでは、という問題は杞憂でした。堤監督自身が「原作原理主義」というだけあって、かなり原作に近い作品になっていました。キャスティング、カット割など、原作のファンを裏切らないように、という配慮が見受けられました。特に豊川さんのオッチョ、石塚さんのマルオはそのままですね。常盤さんのユキジ、佐野さんのヤン坊、マー坊は観ているうちに似ているかも、と思わされたのはやはり演技力でしょうか。香川さんのヨシツネ、佐々木さんのフクベエは第二章以降が楽しみで、適役だと思います。唐沢さんのケンヂはベストではないが、ベターか、といった感想。ケンヂの根底にはロック、音楽が流れているが、唐沢さんにはそのイメージが沸かない。しかし普通の男が立ち上がっていく葛藤をよく演じていたと思います。
娘が怖がったのは、細菌兵器による感染死のシーンとお面を被った「ともだち」、そして子供時代にドンキーが理科室で「何か」を目撃し2階から飛び降りるところ。これらのシーンで娘は、「怖いよ、パパ」と言って両手で顔を覆って下を向いていました。感染死のシーンは少し、子供には見せたくないなと私も思いました。その他のシーンは確かに子供から見るとお化け屋敷に入るような、そんなイメージかもしれません。一方、私は第二章からはテレビ放送を待ってもいいか、という印象です。よく出来ているけど、何か胸に残るものが無い。やはり原作が良く出来ていたという事でしょう。原作で、ロボットを止めようと必死に走り回っているケンヂ達をモニターで見ながら、面白おかしく揶揄している信者達。その姿に人間の恐怖を感じた。必死になっている姿を茶化してしまう、風潮。このシーンはぜひ映画にも入れて欲しかった、と個人的には思いました。またオッチョの過去、商社マンから何故、あのようになったのかという説明が無かったが、第二章以降にあるだろうか。いずれにしても映画自体の感想も唐沢さんが演じるケンヂ役に抱いたものと同じような感じです。誤解があるといけませんが、決して面白くないとは言いません。現実に原作を知らない娘は「また観たい!」と言っている。うまく言えませんが、原作以上でも以下でもなく、原作未満に近い、といったところでしょうか。逆にこの作品、いろんな楽しみ方があるのかもしれません。原作ファンはどれだけ、原作に近い映像になっているのか、またキャスティングの妙。原作を読んでいない人で、娘世代にはホラーっぽい楽しみ方もあるし、親世代の子供時代を垣間見る機会にもなるかも。ケンヂ世代にとっては過ぎ去った少年時代を懐かしみ、またあの頃に夢見た世界や自分と現実とのギャップに少しほろ苦い溜息をつくかもしれない。
そんな訳で、娘がまた観たいというので第二章もやはり大スクリーンで見る事になりそうです。そういえば、先日、高校時代の同窓会の案内が届いていました。実家のある愛知で行う為、10年以上出席していないのですが、ふとどれだけクラスメートの顔と名前を覚えているだろうか、と思い巡らせてみた。さすがに高校3年間、一緒のクラスだったので全員、思い出せましたが、小学校、中学校となると、担任の先生の名前すら記憶が曖昧で、ましてやクラスメートなど、全く自信がありません。そう考えると、案外「ともだち」とは実は何処にでも存在し得るものなのではないだろうか、ふとそう感じました。
最近のコメント